【花火の向こうに見えた人】 花火大会の夜は、少し特別な夜です。 浴衣を着た人たち。 屋台の匂い。 夜空に開く光。 そんな景色の中にいると、 会いたい人のことを 思い出すことがあります。 遠くへ引っ越してしまった相手。 今年はもう、 一緒に見る約束ができなかった人。 それでも花火大会に足を運んでしまうのは、 その景色の中に、 まだ相手の面影を探している自分が いるからなのかもしれません。 人混みの中で、 ふと目が止まることがあります。 浴衣の柄。 横顔の角度。 後ろ姿の肩幅の広さ。 「あの人は…」 心臓が跳ねます。 足が先に動きます。 けれど。 近づいていくほどに 輪郭がずれていきます。 横顔が違う。 背格好が違う。 そして最後には、 まったく別の誰かだったことに 気づきます。 一瞬だけ、 花火の音が 遠くなるような気がします。 がっかりした自分に 少し驚くこともあります。 「まだこんなに想っていたのか」と。 けれど、人混みの中で 思わず目で追ってしまう心は 案外正直です。 これは「ドッペンゲルガー」と呼ぶほどの 不思議な出来事ではないのかもしれません。 それでも私は思うのです。 見間違えるということは それだけその人の姿が 心に残っているということ なのではないでしょうか。 歩き方も。 横顔の角度も。 意識して覚えたわけではないのに いつの間にか心に刻まれていたのです。 好きだった時間ごと。 その人の面影を。 この時季になると、 亡くなった人だけでなく 会えなくなった人の記憶も ふとした瞬間に 姿を借りて現れると言われます。 花火大会の人混みで見た あの後ろ姿も……。 さて。 あなたにもありませんか。 人混みの向こうに 大切だった誰かを 見つけた気がしたことが。 もしあるのなら。 そのとき追いかけていたのは、 本当にその人だったのでしょうか。 それとも、 あの日一緒に見た 景色の続きだったのでしょうか。 花火の光が消えたあとも、 心の中にだけ 残り続けるものがあります。 夏の夜空を見上げながら、 そんなことを思う夜が あってもいいのかもしれません。
