いつもご縁を、ありがとうございます。 今日は私の子育てについて お話させてください。 今の日本では、18歳が成人。 けれど、母親である私にとって、 やはり「20歳」という数字は、 何にも代えがたい特別な、 そして唯一無二の節目です。 まもなく、長女が 20歳成人を迎えるにあたり、 240ヶ月という月日を 一日一日積み重ね、 守り抜いてきた 「親としての責任」を そっと手放す、 心の卒業式のような気がしています。 振り返れば、あっという間でしたが、 その一歩一歩は 決して平坦な道ではありませんでした。 親の勝手な都合で、 小学校入学してすぐという 多感な時期に大きく変わった環境。 まだ幼かった彼女は、 新しい世界にうまく適応できず、 夜、1人でしくしくと、 私に隠れて泣いていたことも あったそうです。 その涙を、当時の私は どれほど掬い上げてあげられただろうか。 私が必死に 生活を立て直そうとしていた傍らで、 彼女もまた、 小さな胸を痛めながら、 必死に「娘」としての役割を 果たそうとしてくれていたのです。 そんな中、小学生、中学生での、 理由のわからない登校拒否。 「どうして?」「何が正解なの?」 暗闇の中で出口を探すような日々。 自分の夢や理想とは違う、 予期せぬ横道に 逸れてしまうことも何度もありました。 先生から呼び出され、 学校に足を運んだことも 一度や2度ではありませんでした。 そして高校生。 今度は真面目すぎるほどの性格が災いし、 「自分に自信が持てない」と 進路に深く悩んだ時期がありました。 真っ直ぐに、 完璧にやろうとするからこそ、 見えない壁にぶつかっては立ち止まる。 何度、娘と言い合い、 激しい喧嘩をしたか数え切れません。 その度に、何度も、何度も、何度も 私も鼻を折られてきました。 子育てとは、 自分の持っていたプライドが ズタボロにされる経験の連続です。 どんなに仕事で成果を上げようと、 一人の親としては無力感に苛まれる。 失敗の連続、思うようにいかない子育て。 それは、人生で一番難しく、 そしてハードな仕事なのだと 思い知らされました。 24時間、休むことのない 誰からも称賛される事もない 親としての正解のない孤独な責任。 子育てにおいて、 子どもと同じ目線に降りて 物事を見ることは、とても大切です。 目線を合わせることは、 時に子どもを外敵から守る シールド(盾)となります。 けれど、親としての「視点」だけは、 決して外してはいけないのだと、 20年経った今痛感しています。 親が視点まで子どもと同じ低さになって、 一緒に迷子になってはいけない。 親としての高い視点を持ち続け、 遠くを見渡し、 進むべき方向を見失わないこと。 その強固な「視点」があったからこそ、 彼女がどんなに自信を失い、 横道に逸れても、 私は彼女の手を離さずに いられたのだと思います。 娘は、勝気なようでいて、 誰よりも繊細な心を持ち合わせています。 親である私から見ても、 時につかみどころがなく、 不思議な魅力を持った子。 でも、そんな彼女が一度 「やる」と決めた時の、 前を向く力と 努力を惜しまない姿勢には、 目を見張るものがありました。 あの日、二人で流した涙も 出口の見えなかった横道も。 すべては、 彼女がこの高い場所へ飛び立つための、 助走期間だったのかもしれません。 今、彼女は私の歩んできた道と同じ 「医療」の世界を志し、 一歩を踏み出しています。 それも、ただ私の後を追うのではなく、 華麗に親の背中を飛び越えて、 一人の「医療人」として 自らの足で歩み始めてくれました。 正解のない子育ての中で、 唯一間違っていなかった ことがあるとすれば。 それは、どんな時も 彼女の手を離さず、 真正面から向き合い続けたこと。 娘を信じ続けたこと。 向き合った先に、必ず成長はあります。 でも、言葉では簡単に言えても 向き合うことは 相当なエネルギーを要します。 今、子育てに悩んでいる お父様、お母様方、 大丈夫です。 もし、今どうしていいかわからない。 そう悩んでらっしゃるなら ご相談くださいね。 霊視からお子様のエネルギーを 視させていただき、 より良き方向へ進めるよう お手伝いいたします。 お子さんの目線に寄り添いながらも、 親としての「視点」を 誇り高く持ち続けてください。 その葛藤も、涙も、 いつか必ず美しい景色へと 繋がっています。 「20歳」という節目を迎えて初めて、 私はようやく自分自身に 「お疲れ様」と言える。 そんな気がしています。 本日は午前、午後、夜間待機いたしております。 皆様とご縁が繋がるのを 楽しみにしております🍀 陽御
