翔陽です。 前回の記事では、 直感と妄想の違いについてお話ししました。 直感は静かでシンプル。 妄想は不安や願望によって膨らんでいく。 そんな内容でした。 では、 なぜ私たちは、 受け取った感覚を 見失ってしまうのでしょうか。 その理由を知るために、 今回は 感覚と思考の関係についてお話しします。 私たちは普段、 自分は思考によって生きている と考えています。 考える。 判断する。 決める。 そうして 人生の選択をしているように感じています。 けれど実際には、 その前に必ず感覚があります。 例えば、 初めて会った人に対して、 なぜか話しやすいと感じる。 反対に、 理由はわからないけれど違和感を覚える。 そんな経験はありませんか? その瞬間、 まだ頭では何も考えていません。 最初に起きているのは、 感覚です。 そしてその後、 私たちは意味づけを始めます。 「あの人は優しそうだから」 「きっと気のせいだろう」 「私の考えすぎかもしれない」 そんなふうに、 受け取ったものを解釈していくのです。 つまり、 本来の流れは、 感覚 ↓ 思考 ↓ 行動 です。 これは、熱いやかんに触れた時を イメージするとわかりやすいかもしれません。 まず「熱い」という感覚があり、 次に「手を離したほうがいい」という 判断が生まれ、 そして実際に手を離すという行動になります。 ところが、 多くの人は、 思考を優先するようになります。 なぜなら、 思考には理由があり、 説明も証明もできるからです。 一方で感覚には、 明確な根拠がありません。 だからこそ、 私たちは感覚よりも、 思考を信じるようになっていきます。 ただ、 ここでひとつ大切なことがあります。 思考は悪者ではありません。 本来は、 受け取った情報を整理し、 理解しやすい形にして、 行動へつなげるためのものです。 たとえるなら、 感覚が現場で情報を集める記者だとしたら、 思考はその情報を整理して記事にまとめる 編集者のようなものです。 つまり、 感覚と思考は対立するものではなく、 本来は協力関係にあります。 けれど、 思考にはひとつ特徴があります。 それは、 過去の経験や思い込みの 影響を受けやすいことです。 不安。 願望。 恐れ。 失敗したくない気持ち。 嫌われたくない気持ち。 そうしたものが加わると、 最初に受け取った感覚が 見えなくなることがあります。 例えば、 最初は違和感を覚えていたとします。 けれど、 「考えすぎだろう」 「気のせいだろう」 「みんな我慢しているんだから」 と考え始める。 すると、 本来の感覚はかき消され、 思考だけが残ります。 その結果、 自分に合わない選択を してしまうことがあります。 そして後になって、 「あの時の違和感は正しかった」 と思うのです。 逆に、 感覚から行動までの流れがスムーズな人は、 迷いが少なくなります。 もちろん、 悩みがなくなるわけではありません。 けれど、 自分の感覚を信頼できるため、 選択に納得感が生まれます。 だから私は、 能力開発とは、 感覚を強くすることではないと思っています。 見えないものが見えるようになること でもありません。 感覚と思考のバランスを取り戻すこと。 それこそが能力開発の本質です。 感覚を受け取る。 思考で整理する。 そして行動する。 その流れが整った時、 私たちは 本来の力を発揮できるようになります。 そして、 人生の流れも自然と整っていくのです。 サイキックセンスとは、 特別な能力ではありません。 本来持っている感覚を、 思考と上手に協力させながら 活かしていくことです。 感覚と思考は、 どちらが正しいというものではありません。 大切なのは、 感覚を受け取り、 思考で整理し、 行動へつなげること。 その自然な流れを取り戻すことなのです。 次回は、 「感覚はどこから来るのか」 をテーマに、 私たちが普段受け取っている情報の 正体についてお話ししたいと思います。 愛と感謝をこめて 翔陽
