こんばんは。 三谷帆です。 街を歩いていると、ふと周りの人たちの歩く速さに圧倒されることがあります。 みんな迷いのない足取りで、きっちりと同じテンポ、同じ歩幅で前へ前へと進んでいるように見えてしまう。 そんなとき、自分の足元を見つめて「私はうまく歩けているだろうか」と、急に心もとなさを感じることがあります。 世の中には、いつの間にか決められた「ちょうどいい歩幅」や「理想のスピード」のようなものが漂っています。 ○歳までにこうあるべき、この時期にはこれくらい進んでいなければいけない…。 そんな見えない基準に合わせようと、背伸びをして大きな一歩を踏み出してみたり、焦って小走りになってみたり。 けれど、自分の体に合わない歩幅で歩き続けると、心も体も少しずつ疲れてしまいますよね。 けれど、本当は歩幅なんて、人それぞれ違っていて当たり前なのだと思います。 調子のいい日は、軽やかに大きな一歩を踏み出せるかもしれない。 少し疲れが出ている日は、小さな歩幅でゆっくりとしか進めないかもしれない。 ときには立ち止まって、足元の小さな花を眺める時間があってもいい。 一歩一歩の大きさが揃っていなくても、 途中でリズムが変わってしまっても、 それは失敗でも遅れでもありません。 その時々の自分の心と体に寄り添って踏み出した、どれも愛おしい「自分だけの一歩」です。 足跡を振り返ってみたとき、そこに残っているのは真っ直ぐで綺麗な直線ではないかもしれません。 少し蛇行していたり、歩幅が狭くなっていたり、時にはぐるりと遠回りをした跡がついているかもしれない。 けれど、その不揃いな足跡こそが、あなたが今日まで懸命に生きてきた何よりの証です。 整った歩幅で疾走することだけが、素晴らしい歩みではないはずです。 自分の足音に耳を澄ませ、「今日の私はこの歩幅でいいんだ」と微笑んであげられたなら、きっと目の前の景色もやさしく色づき始めます。 周りのスピードに惑わされそうになったら、どうぞ深く息を吐いて、自分の靴底を感じてみてください。 あなたは、あなたの歩幅で大丈夫…。 三谷帆
