皆様 こんにちは。 今回は「なぜ修行僧は山に入るのか」と言うお話しをしてたいと 思います。 密教の修行というと、山奥で厳しい修行をしているお坊様の姿を思い浮かべる方も多いかもしれません。 では、なぜ山なのでしょうか。 山には特別な力があるからでしょうか。 もちろん古来より霊山と呼ばれる場所はあります。 しかし、山に入る本当の意味は、自然の中で自分自身と向き合うためだと言われています。 普段の私たちは、知らず知らずのうちに多くの情報に囲まれています。 人の評価。 世間の常識。 過去の失敗。 未来への不安。 それらに心が振り回され、本当の自分の声が聞こえなくなってしまうことがあります。 山には余計なものがありません。 だからこそ、自分の心の動きがよく見えてくるのです。 実は、私たちの日常でも同じことができます。 数分でもスマートフォンを置いて静かに過ごす。 テレビを消して窓の外を眺める。 一人でゆっくりお茶を飲む。 それだけでも心の雑音は少しずつ静かになります。 密教の修行とは、特別な人だけが行うものではありません。 慌ただしい毎日の中で、自分の心に戻る時間を持つことも立派な修行なのです。 情報があふれる時代だからこそ、自分自身の声を聞く時間はますます大切になっています。 今日はほんの少しだけ静かな時間を作ってみませんか。 その沈黙の中に、今のあなたに必要な気づきが隠れているかもしれません。 皆様の毎日が気づきによって健やかでありますように祈念 して居ります! 南無大師遍照金剛 合掌 一二三
