いつもご相談頂きありがとうございます。 人からの何気ない言葉に傷つくことってあると思います。 私は40代になり、あまり人の言葉に傷付かなくはなりましたが、それでも20代30代の頃ってそれなりにドヨーンとしてしまったように感じます。 「今ならあんなに落ち込まないのにな」とか「今の私なら、さらっと返せるのにな」と思うこともその当時は悲しくて泣いたりしていたように感じます。 例えばそうだな、、、 結婚していた頃、私が犬の散歩を毎日していました。その時は3匹犬を育てていたので、1匹ずつ散歩をしてました。歩き方とか、体調悪くないかとか、オシッコやウンチはちゃんと出るかとかチェックしたいから、1匹ずつ散歩していました。 近所の方々からすると「あの奥さん、まだ散歩してる」って思われていたようです。 近所付き合いはちゃんとしていたので、よく「まだ散歩してるの?」なんて声もかけられてました。 雨の日は犬に傘をさし、私はずぶ濡れで散歩していたのもあり、【犬を大切に育ててる奥さん】という認識をされてました。 ただ、玄関前でレインコートを着たり脱いだりするよりは、3匹分の散歩終わったらシャワー浴びた方が時間的に早いという理由と、レインコートを着脱しない方が玄関が濡れないという理由と、犬が風邪ひいたら命取りになる場合があるけど私は雨に打たれたくらいじゃ死なないわという3つの理由だけでそうしていたのだけれど! ある日、ご年配のご近所さんにこう言われました。 「犬なんか大切にしても意味ないでしょう。子供産まなきゃ!犬は将来面倒もみてくれないよ」と。 その当時は30代前半だったと思います。 基本的にあまり人と言い合うのが好きじゃないので、ましてやご近所さんと揉めるわけにもいかないので「ワンちゃんも可愛いですよ!じゃ、お散歩行ってきます」と笑って答えてその場を立ち去ったと思います。 その方に悪気がないのもわかったし、純粋にそう思って口から出してるのも感じたので、あえてお相手に言い返して嫌な思いさせる必要もないなと立ち去りました。 子供が欲しかったけど、なかなかできなかったので、悩んでいた時期でもあったと思います。帰宅して泣いていたような記憶もあります。その後、癌になったりで、結局人間の子供ができることはなかったです。 昔も今も、愛犬が私の可愛い毛深い子供です。 「犬なんか大切にしても意味ないでしょう。子供産まなきゃ!犬は将来面倒もみてくれないよ」と言われたら、今の私なら「そこに意味があるかどうかは、私が決めます!私の人生なんで♪」って答えちゃうだろうなと思います。 それにさ、、、べつにそこに意味なんかなくたっていいんじゃない?って思います。 愛犬が嬉しそうなら、私も嬉しい。 愛犬が体調悪いなら、必死に看病する。 愛犬が生きている以上、私は必死で守ります。 ただただ、大切だから。 愛おしいから。 ずっとそうして大切にしてきたから、私にとっては当たり前のこと。 今月で愛犬は17歳5か月になります。 正直、ご飯を食べてくれただけで、私は安心します。散歩で歩いてウンチをしてくれただけで、「ヨシッ!やったぁ」って思います。 人様から見て、私の人生がどうかなんて、どうでもいい。 私がしたいこと、大切なこと、心が惹かれること、心が踊ること、それをして生きていきたいです。 そして、そこに責任も持つこと。 自分の人生だから。 そうやって生きていこうと思っています。 御堂
