寂しさのもたらす心の孤独の末路 魂の者にとって、淋しい、寂しいという感情は何物にも代え難い救いすらない苦痛となります。 自分の心の穴が埋まらなければ、他人からしたらどれだけ幸せな恵まれた素敵な環境と思われても、それが自分の本心から求める、心の穴となっている何かが充たされていなければ心の寂しさは埋まりません。 そしてそれは代用品では埋まらず本心から求めているたった一つのものでしか埋まらない。 淋しい寂しさは、それ以外の何が差し出されても、与えられても決して埋まりはしない。 この淋しい寂しさだけは、誰かに救ってもらえるモノでもなく、自身の心との対話でしか求めるモノが分からず、他人が理解してくれるモノでもない。 淋しい寂しさは最悪である。 自分は理解して貰いないなら自分独りで良いなどという考えは自身を蝕むのみの考えと知って欲しいです。 孤独ほど、自身を狂わせるものは無いのだとご自覚ください。 孤独、淋しい寂しさ、これが一番心を壊し解決し難い感情で、誰に願っても救われない質の悪い感情なのです。 でも誰しもがある程度の%で持ち合わせ、本人の心の充足以外、誰にもどうにもしてあげられない事ではあるのだが、充足を得られた者も存在する。 しかし誰が何を与えようと本人が求めている充足感が満たされなければ何一つを解決できない程にこれは根本的に救い切れない案件です。 本人がその根本的要因を理解していなくても理解していても、相手があり、また相対する物事がある。 自分独りでは絶対に解消出来ない、解決できない事柄となります。 この淋しい寂しさの孤独感こそが自身を闇へ葬っていく要因となりますし、この感情は人間性として一番自身を救えない感情となります。 何を成して、欲して自身の心が寂しかったのか、淋しかったのか、この淋しい寂しさは誰にも救えるものではなく、この孤独に打ち勝つ要因を得る、またはどうにか心の解決をする以外、自身救うことの出来ません。 孤独はそれ程に自身を何一つを良い方向へと導かない要因です。 そしてその個々の求めるモノが充たされない限り解除できない感情となります。 神にも周囲にも誰にも、個人の意思、本人の心満たす要件が充たされない限り何を与えようと充たされない孤独感・淋しい寂しさなのです。 これこそが魂を蝕む最大の要因でもあるのです。 本当に充たされない思い、寂淋、哀しき思いは自分でさえ何が可能となったら充たされ無くなるのか、それがハッキリしている場合と、それすら分からない場合とがあります。 受動態でいる内、それは叶えられない、もどかしき事案となるでしょう。 でもしかし、解決出来ないものなのでしょうか……! 孤独の悲愴感を解決するのはご自身でしかない! 誰に頼っても自分にしか解決出来ない案件なのです。 なぜなら、自身の心満たす要件は誰が何を言おうと、誰が何を模索しようと自身にしか分からない事だからです。 何かをしてくれる人があろうが、何一つ誰も成してくれない状況であろうが事は同じ。 その者の持つ孤独感はその者にしか解らない感情なのだから……。 解って貰おうとする方が甘え過ぎ!!なんだよね。 解る筈もなく与えて貰える筈もない事を自身で自覚し成して初めて満ち充ちる心を会得する、その思いが何かを自身で思い知る事が、この孤独から抜け出す方法なのだと思います。 本当に一番救われなく救いようのないものは淋しい寂しさ、孤独感。 どうかご自身でご自分を救ってください!その為の手助けは出来る限りの力で援助したいと思ってます。 求めるモノが得られない手に入らない事態となっても生き活きてください。 どうか諦めず、ご自身を葬り去らず、生まれ出た奇跡を感じ信じてください! あなたがこの世に生まれ出た事自体が何兆億分の一の奇跡なのだから。 もう既に奇跡は起こっている!その奇跡の主人公はあなた自身なのですよ!! さあ!この世界で何を成しますか? 何を得て誰を得て……という狭い心に自分を閉ざしますか? その外に未だ経験した事のない世界、触れ合いがある事を夢見てください! どうか、どうか諦め切る事だけはやめてください! あなたの未来はあなたが拓く!それを神は助けて下さいます。 諦めない人生を、孤独を払拭する人生を願ってます。
