この人生の主人公はあなたなのですよ!と…… 先にお伝えしたい!です。 自分にとって、自分がこういう人格であると信じたい一念で、それにそぐわない自分を切り捨てて行く…それは自分という人格の平衡を壊し心の歪みを作り上げていく事となります。 自分の中に善悪があって初めて善悪の判断が可能となるのです。 自分がこんな考えをする筈ない!こんな自分である筈ない!という、自分が善のみの良い人であると信じたいが為に湧き上がる反対の思いを封じ込め、それは自分ではない!としたくなる……それは分かりますが、人間、欲望の者として、その欲望はより自身を高め環境を良くしようとする努力や頑張りと共に、出し抜こう!陥れても、落とし入れても手にしようとする思いを抱くのが当たり前なのです。 その時点で、そういう考えを一時的に持ったからといって、ご自分を責める要因にする必要はなく、善悪の思いの中で私は自分が納得出来る方向を見出し実行出来た!という自信を持つべきなのです。 心に湧き立った善悪の思いを、自分自身で受け入れて尚、自身を高める努力で掴み取ろうとする事で、自分自身が成りたい自分として活きて行けてる確信となります。 要するに善悪は一方的に決められているものではなく、その環境と方向性、その人の考え方によって善と悪は分かれている、それには360°の善悪が存在する…という事です。 勿論、誰がどう考えても悪となすモノは存在します。 そこには凝り固まった信念が、その心の歪みを後押ししているのだと思います。 でも、その信念をその人の心に植えつけたのは誰??とルーツを辿っても、その罪は解除されず、またそのルーツに罪を課すことすら出来ません。 こうなる環境に負けず、こういう人格の者にならない為にも、自分の感じる総ての善悪を受け入れ、その上で、自分はどうありたいかを自身に問う精神力を養って頂きたいです。 自分を諦める事で心の制御が出来なくなり、そんなつもりはなかった…等々言い訳を周りに自分自身にしなくてはならない羽目に陥り、それが刑罰とならなくても自身の負い目となり自責となる……誰一人に、こんな不条理な事態になって欲しくない!と思います。 人間に魂の者に360°の欲望が与えられています。 それをどう活用し、人生を!自分自身を成していくか、どんな自分で生きていきたいか、決められているものはなく規定はありません。 自分自身が決めていくものです。 環境がどうであったか、過酷であったのか幸福であったのか……でもしかし、自分自身が根本的に何を求め、どう生き活きる人でありたいのか!は自分自身が決める事です。 ご両親を反面教師にするのか、ご両親に習うのか、またはそこに囚われない自身の世界を築くのか……受け継いだ因子、遺伝子には様々ありましょうが、その時代を生き活きる個人を絶対的支配するものではありません。 勿論!先祖があり両親があり自分はこの世に生まれ出でてます。 しかしどうか、善にも悪にも心揺れ動く自分を否定せず、それが信じたい自分と違っている感情が湧き立ったとしても、それをご自身の心の成長として受け止め、ご自身を諦めず、自分はこうなんダ!と貫ける精神力を養って頂きたいです。 現実に諦めなかったからといって成せるとは限らない、実らない努力や思いもありましょう。 でも、それが善と呼ばれる、悪と呼ばれる道であっても、環境や周りに流されず自身が選び取った道であるなら、心満たす人生になって行くでしょう。 共感を得られるかどうかは分かりませんが……。 お伝えしたいのは、 善悪は混合して初めて判断出来る状況になる……という事。 心に感情に、悪感&善感を持つことは判断を正しくする為の佳き事であり、何一つ恥じ入る事ではない!とお伝したいのです。 その善悪判断は、ある時社会の問題とも、他人を巻き添える悲劇ともなりましょう。 しかし、環境原点で誰のせいにもせず、自身を成り立たせて行ければ、きっとこの悲劇は回避されるのではないかと思います。 誰かが何かを言ってくれてたら、方向を示してくれてたら…的な思いもありますが、それ以前にその個が自分を諦めず活きようとする姿勢が大切です。 とは言え、意見や思いが通らないからと直ぐに諦め親を含めた他人のせいにする弱々甘々な者にとっては、この説は何の効果もない事でしょう。 それでも!!その中の一人でも!ご自身が活き生きる人生の主人公であると気付いて頂けたら!!と思います。 この人生において、環境も両親も血筋、遺伝子に関係なく、あなたがこの人生の主人公なのです。 生まれ出でて無条件に、この世から受った心の原理原則や条理を汚さず、あなたが自信を持って、この世に活き生きた実績を与えたとして、人生の主人公として自信を持って頂きたい! 自分が居ること、成す様々な事で、その環境や関わる人々の未来は変わります。 これは自分だけが成している事ではなくとも必ず影響を及ぼしてます。 その時に、その子孫に、自分の活き生きた何かを伝える事が出来たなら素晴らしい事ではないでしょうか……。 その為にも、どの環境に生まれ出でても、そのせいにはせず、負けることなく個としてご自身の誠意、精神を貫いて活き抜いて欲しいと思います。 これは安息の地を一度も得られず一度も生まれて良かった等と思えていない者が、それでも最期には生まれて良かった!と思いたい一心で得た教訓です。 賛否両論様々ありましょうが、悩まれる方々のホンの少しでもの何かになれば!と思い綴りました。
