程なく迎える終戦の日を鑑み、毎年読み返す長崎に住んでいた過去のある知人からのメッセージを反芻します。 8月8日は、毎年気持ちがザワつきます。この日まで、日常があったのにって。 私は新しくなる前の資料館に、ひとりでよく通ってた。 古い資料館は暗くてひんやりとして、今の資料館のように模型などないのに何かたくさんの人の思いを感じたの。 やけどの写真、絵、詩 ただの白板に無造作に貼ってあるだけのシンプルなものには、新しい資料館には無いものを感じてた。 片足鳥居にも、焼けたマリア像にもひとりで歩いて何かわからないけど何かを感じてた。 爆心地の碑にはたくさんの折鶴が雨の次の日でも真新しいものになってて、毎日多くの方が平和を祈りに来られてるんだって思った。 その前の公園には、カセットデッキから大きな音でロックンロールが流れていて、お兄さんやお姉さんがオシャレをしてツイストを踊ってた。近くの市民プールから濡れた髪とビニールバックを持った私と同世代の子達が笑いながらアイスキャンディーを食べてた。 まだ、終戦から30年ちょっとしか経っていないのに不思議な気持ちになったのを記憶してるよ。 クラスのほとんどが3世。それも暗黙のルールで親の事は聞かなかったし、聞けなかったのかもしれない。差別や偏見が怖かったのかもしれない。 タイトルは忘れてしまったけど、8月8日の長崎の人たちの最後の日常の映画を観たことがある。 だからかな毎年心がザワつくの。 ねえ。平和な日常、慎ましやかでも生きてるってありがたい事だよね。 (原文のまま) ありがとう。 「感謝」の肝要を唱えながら、日常に忙殺され気づけば自分本位になっている。 そうだよね。 「生かされている」。 決して綺麗事だけではない、生きることの意義を、思い出させてくれる。 今年もまた、無念の内に昇天されたたくさんの御霊に、精一杯の真心を籠め両の掌を合わせられる。
