「記念日」では決してない。 「─焼けただれたお鍋とお釜。お布団もなくてね」笑みを浮かべながら懐かしそうにそう言う母の言葉が、今も記憶に残っている。 酷く貧しさの中から始めた父母の銃後の話だ。 香ばしい醤油の匂いと、種ごとのしょっぱい梅干しの味の握り飯。 小麦粉を練り丸めた団子の水団(すいとん)汁。出汁は鶏(かしわ)で旨味があった。 幼い頃の、終戦記念日の夕餉(ゆうげ)を思い出す。 「─こんな旨いもんじゃなかったけどな─」父のその穏やかな口調とやはり浮かべる笑みには混沌とした、あまりにも凄惨な時代を生き抜いてきた逞しさがあった─ 記念日ではない、終戦の日に。 白米の握り飯が、ご馳走だったと聞かされた─ あまりにも有り得ない時代を生き、あまりにも哀しい終焉を余儀なくされた数多の尊い生命に捧げます─ こんな 風景に 憧れていた いつか 想いを 寄せる ひとと 佇む ときを 今 繋いだ 掌の 温かさが 心の 深くに 滲みてきて 涙が こぼれそうで 思わず 空を 見上げたら 雲たちが 微笑んで 見えた そうだ 他愛のない 日々が 幸せ なんだね たくさんを 望まなくても よかった 傍に あなたが いる きっと また 明日が ある ささやか でも 胸 いっぱいの 優しさに 包(くる)まれて 今日の日を 本当に ありがとう─
