こんにちは、藍禅です。 少しづつですが、秋の気配が感じられる様になりましたね。 みなさまは、本音と建前を使い分けるのは得意ですか? 私は、恐ろしいほど下手くそです。 本音と建前は、小さな頃から学びます。 それは、社会に生きていく為に必要な知恵やコミュニケーションの基礎があるからです。 使い分けることは、生き抜く為に必要なアイテムです。 本音だけでは生きていけません… 建前だけでも生きていけません… 使い分けて、人と互いによい感覚でいることは長い長い人生で、大切なことです。 だけど、それが一番難しいです。 本音を出し続けると不安が生まれます。 不安の中には 間違って無いよね… 言って良かったかな… でも、仕方がない… 自分のことを嫌いになっていくことも… 建前を続けると、不安が生まれます。 誰も理解してくれないなあ… 本音話すとどうなるんだろう… 嫌われたらどうしよう… バランスを保ち続けることは、不可能に近いですね。 だから不安は消えないです…。 そんな世界を生き抜く為に、趣味や友達・大好きな食べ物や飲み物、家族や会社での自分の存在が自分を保ち続けてくれる場所になっていきます。 そこには、大切な人の存在もあります。 だけど余りに大きな存在に悩んだり悲しんだりしますよね。 だけど、出逢えなかったらその悲しみも苦しみも孤独も知らずにいたんです。 何よりも出逢えた喜びも。 出逢えたことが、全てのはじまりです。 はじまりがあると、人は何度でも頑張れます。 いやいや無理でしょ。 と思う方もいらっしゃると思います。 そんなことはありません。 なぜなら出逢えたけど、さびしいけど 離れた時にそれは分かるからです。 話したいなあ…、ああいないんだ…。 声が聞きたいなあ、ああ聞けないんだ…。 今何してるのかなあ、ああ分からないんだ だって、離れてるから。 さびしくて、涙が止まりません。 バスに乗ってても、人が居るから我慢してても涙が止まりません。 会いたくても、会えないから…。 その時わかります。 どれだけ出逢えたことが、ありがたかったか。涙が溢れます。 どれだけ、助けてもらえたか。 支えてもらえたか。 新しい価値観、暖かい声、本音で話し合える時間…。 何度も何度も、泣いて悲しんで だけどある日出逢えて良かったなあ。 と、辛いけれど思えます。 そう思えて、また、少しだけ仕事を自分のやらなきゃいけないことを頑張って過ごしているからです。 出逢えたことが、全てです。 私自身そう思って過ごしています。 今お客様はどんなお気持ちですか? 良かったらお聞かせください。
