昨日は、昔話やイソップ童話の「実は結構残酷なところ」について書きました。 昔は何気なく読んでいた物語なのに、大人になって読み返すと、「あれ?こんな話だったっけ?」と思うことがあります。 同じ本なのに、どうしてこんなに印象が変わるんでしょうね。 私は昔から本を読むのが大好きでした。 たくさんの物語を読んできましたが、今になって思うのは、「物語が変わったのではなく、自分が変わったんだな」ということ。 たとえば「鶴の恩返し」 子どもの頃は、鶴が人間の姿になって恩返しをする、不思議で少し切ないお話として読んでいました。 でも大人になって読むと、「約束を守ること」だけではなく、相手を信じることや、知らないほうが幸せなこと、愛情と好奇心の境界まで考えてしまいます。 「浦島太郎」もそう。 子どもの頃は、竜宮城で楽しく過ごして帰ってきたら、時間がものすごく経っていたという不思議なお話。 大人になると、時間の流れや人生の儚さを感じる物語に見えてきます。 楽しかった時間が終わること。 戻りたい場所が、もう昔と同じではないこと。 自分だけが取り残されたような感覚。 子どもの頃には、そこまで考えなかったはずなのに、大人になると妙に胸に残ります。 そして「桃太郎」も、よく考えると面白い。 子どもの頃は、桃太郎が鬼を退治して宝物を持ち帰る、分かりやすい英雄のお話。 でも大人になると、「鬼はなぜ悪者だったんだろう」「桃太郎が旅に出る理由は何だったんだろう」と、物語の外側まで考えたくなります。 昔話って、答えをひとつに決めなくてもいいんですよね。 子どもの頃には「怖い話」 少し大きくなると「教訓のある話」 大人になると「人の心を描いた話」 同じ物語なのに、そのときの自分によって受け取るものが変わります。 これは昔話に限ったことではありません。 昔好きだった歌を久しぶりに聴いて、歌詞の意味に初めて気づく。 昔は何とも思わなかった映画で、今になって涙が出る。 子どもの頃に読んだ本を大人になって読み返したら、昔とは違う人物に共感する。 こういう経験って、ありますよね。 物語は、読む人の人生まで一緒に連れて歩いてくれるのかもしれません。 だから、昔読んだ本をもう一度開くのは面白い。 そこには、昔の自分が見つけた物語と、今の自分が見つける物語、その両方が残っています。 もし本棚の奥に、子どもの頃に好きだった一冊が眠っていたら、久しぶりに開いてみるのもいいですね。 昔の自分が好きだった理由と、今の自分が感じること。 比べてみると、自分自身の変化まで見えてくるかもしれません。 開露-kairo-
