私は実は、この胎児の頃の記憶を大人になってから、思い出したことがあります。 不思議ですよね。 私自身も不思議な感覚でした。 私の胎児の頃の記憶というのは、 母親のお腹の中で、 羊水の泡(気泡)と戯れて遊んでいる姿でした。 その気泡を追っかけるように 身体をあちこちに滑らせて遊ぶ姿です。 これがね、、、とってもとっても楽しくて。 この記憶を思い出している間中、 『ふふふ、ふふふ。』と笑っていた私。 ハタから見たらきっと、 「ちょっとヤバい人」って思われるかもしれない、そんな姿だったかと思いますが、 とにかく私は楽しくて。 お腹の中ってとても楽しいんだなぁ、と感じたんですね。 きっとね、これは私だけでは無いと思うんです。 私たちは、胎児の時の記憶はほぼほぼ忘れてしまっていることが大半だと思いますが、 忘れているだけで、 もしも思い出す事が出来たら、 きっとほとんどの人は、お腹の中では楽しくて幸せな状態なんだと思ったんですよね。 たとえ、親がどんな人であろうが、 誕生後の世界に辛い人生が待ち受けていようが、、、 お腹にいる胎児であった頃は 多分ですが、どんな人も楽しく過ごしていたんじゃないかと思うんです。 なぜか、というと 私は生まれつきの病気を持って生まれて来たので、お腹にいる時にはすでに病気だったはずなんですよね。 それでも、あの楽しい記憶があるんですよ。 だから、きっと多くの方々も、 お腹にいた頃は楽しく幸せだったはずなんです。 だから、あえて、胎児の頃は幸せだった、という前提で、お話ししたいんですが、、、 私たちはこの世で生まれ、 人によって様々ではあれど、 沢山の悲しみや苦しみ、悩みを抱えて生きていきます。 もちろん、楽しい事も沢山経験するけれど、 なんだかんだ、些細なことも含め、 常に沢山の選択を迫られ、 沢山悩み、涙を流します。 いつまでこんなこと続くんだろう、 なんで私ばっかりがこんな辛い目にあうの? と途方に暮れたりもしますよね。 時には死にたくなったりすることもあるでしょう。 さて、、、 なんのために私たちは悩むのでしょう? しかも、悩みってその渦中にいるときは超重大事項のように感じるんですけど、 時間と共に、悩みが薄れたり、 知らないうちに解決していたり、 解決はしてなくても、 どこかで諦めができるようになっていたりして、 喉元すぎて仕舞えば、 「なんであんなことで悩んでいたのやら?」 と思えたりもするんですよね。 不思議ですよね。 私たちはなんのために悩むのか、 なんのために苦しむのか。 なんでだと思いますか? 私の考えはね、 あくまで私の個人的な意見ですが、、、 あの世ではなんでも叶うからつまらないから、だと思うんです。 この世はどちらかといえば、 夢がなかなかすんなりとは叶わない。 だからこそ、面白いのかな、と。 いやいや、悩んでいたら面白く無いだろ! と怒られるかもしれませんが、、、 ちょっと考えてみて欲しいんですよね。 なんでも買える、なんでも手に入る。 望むものは簡単に叶う、、、 そんな状況を。 嬉しいじゃん!最高だよ、そんなんだったら! って、思う人は多いかもしれません。 でもきっとね、それ、 最初だけだと思うんですよ。 だからね、 なかなか物が手に入らなかった戦後の人たちは、夢を一つ一つ叶えるために 一生懸命生きられたと思います。 今、日本はどうでしょう? 今、多くの日本人は、物は比較的なんでも手に入る。戦争もなく平和。だから、危機感はない。 色んな悩みはあるかもしれないけど、、、 多分、戦後まもない頃の日本人と 今の現代の日本人では、 生き甲斐に差があると思います。 つまり、苦労なく なんでも手に入ったり、 なんでも叶ったりしたら、 つまんないんですよね、きっと。 きっとあの世は、 なんでも叶える事ができるんですよ。 だからつまらない。 もはやつまらないという感情もあるのかな? ないかもしれない。 ただ浮遊しているだけ、、、みたいな。 この世は苦しいこと沢山だけど、 悩み事も多いけど、 きっと私たちはその中から小さな喜びを探したいのでしょう。 そこに生き甲斐を感じるのでしょう。 本当は悩んでいたい生き物なのかもしれません。 悩みって、悩みそのものがどうこう、じゃなくて、 ただ悩んでいる、ということ自体に意味があるのかもって思った次第です。 さて、 あなたの意見はどうでしょうか?
